2006年08月01日
◆いにしえのランドマーク 石場の常夜灯
◆いにしえのランドマーク 石場の常夜灯

「矢橋の帰帆」は近江八景の一つ。
これは大津打出浜と対岸の草津市矢橋との渡船の往来する姿を眺めた風情。

地図はこちら
石場の常夜灯はこれらの船の航行の便のために造られたのが打出浜(旧石場)の常夜燈であった。
幕末の弘化2年1845年)、その当時の大津の豪商・鍵屋伝兵衛と船持衆が発起し、地元、京都、大阪などの船仲間からも出資して造ったもの。
高さ8.4メートルの大型の常夜燈の基壇には大津・京・大坂などの船仲間の名が刻まれている。
昔は大津警察署裏にあったが、大津市打出浜の県立琵琶湖文化館前に置かれ、さらに滋賀県警察本部の新築移転工事に伴って、現在の場所に移設されてきた。
現在も夜間には火袋内には電灯がともされている。






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「矢橋の帰帆」は近江八景の一つ。
これは大津打出浜と対岸の草津市矢橋との渡船の往来する姿を眺めた風情。

石場の常夜灯はこれらの船の航行の便のために造られたのが打出浜(旧石場)の常夜燈であった。
幕末の弘化2年1845年)、その当時の大津の豪商・鍵屋伝兵衛と船持衆が発起し、地元、京都、大阪などの船仲間からも出資して造ったもの。
高さ8.4メートルの大型の常夜燈の基壇には大津・京・大坂などの船仲間の名が刻まれている。
昔は大津警察署裏にあったが、大津市打出浜の県立琵琶湖文化館前に置かれ、さらに滋賀県警察本部の新築移転工事に伴って、現在の場所に移設されてきた。
現在も夜間には火袋内には電灯がともされている。

◆小舟入(こぶないり)の常夜灯 大津の旧船着場
◆膳所神社、大津宮遷都の際の御厨所
◆幻の近江高島虎斑石硯 、滋賀県伝統工芸品
◆芭蕉の草庵・幻住庵、大津市・国分山中腹に芭蕉の住処
◆近江神宮と天智天皇、競技かるた大会(十)
◆近江神宮と天智天皇、競技かるた大会(九)
◆膳所神社、大津宮遷都の際の御厨所
◆幻の近江高島虎斑石硯 、滋賀県伝統工芸品
◆芭蕉の草庵・幻住庵、大津市・国分山中腹に芭蕉の住処
◆近江神宮と天智天皇、競技かるた大会(十)
◆近江神宮と天智天皇、競技かるた大会(九)
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スサノヲ(スサノオ)
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│Comments(3)
│近江の文化
この記事へのコメント
ごくごく近所にいながら知らなかった・・・ショック。
いかんですね^^;
今度弁当もって見に行きます(笑)
いかんですね^^;
今度弁当もって見に行きます(笑)
Posted byマツザキ@湖岸のほとりat2006年08月01日 01:47
ごくごく近所にいながら知らなかった・・・ショック。
いかんですね^^;
今度弁当もって見に行きます(笑)
いかんですね^^;
今度弁当もって見に行きます(笑)
Posted byマツザキ@湖岸のほとりat2006年08月01日 01:47
マツザキ@湖岸のほとりさん、こんばんは!
>ごくごく近所にいながら知らなかった・・・ショック。
そうですね・・・
案外、灯台もと暮らしですね。
滋賀県は長い歴史と魅了する文化が今も息づく土地です。
昔はどうだったのだろう・・・
古代の人は何を考えていたのだろう・・・
と考えてみませんか?
意外と多くの事に気づくと思います。
長い時間と多くの人々の営みの上に今があるので、
心を鎮め、その土地から感ずるモノを素直に受け取るといいですね。
スサノヲ(スサノオ)
>ごくごく近所にいながら知らなかった・・・ショック。
そうですね・・・
案外、灯台もと暮らしですね。
滋賀県は長い歴史と魅了する文化が今も息づく土地です。
昔はどうだったのだろう・・・
古代の人は何を考えていたのだろう・・・
と考えてみませんか?
意外と多くの事に気づくと思います。
長い時間と多くの人々の営みの上に今があるので、
心を鎮め、その土地から感ずるモノを素直に受け取るといいですね。
スサノヲ(スサノオ)
Posted byスサノヲ(スサノオ)at2006年08月04日 02:47
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